シバナンダ アシュラム体験記



 この2024年の春、
3度目のシバナンダアシュラム訪問が叶いましたので、
心の変化などを備忘録として書き留めておきたいと思います。


最初に訪れたのは、
今から10年前の2014年の新春。
リシケシにある川崎あき子さんが営まれておられるマンガラン ヨガ ピートを訪ね、
本家本元のシバナンダ アシユラムに連れて行って頂いたのが始まりです。
それまではヨガとはアーサナとプラナヤーマだけのことだと思って疑わなかった頃、
とにかく「インドに行かなくては」という思いにかられてリシケシまで行き、そこで見たもの聞いたものとは、、、
そこで見る景色は日本のそれとはまるで別物で、
アーサナは一体、どこでしたら良いものやら、、、
本家本元でアーサナ、プラナヤーマができないとは!?
素朴な疑問を抱えてのスタートでした。


初回で体験したのは、
あき子さんのお計らいで、ハムサナンダジから、サンスクリット語の手解きを受けられた事。
午後行われる「オーム ナマシヴァーヤ」のチャンティング、
それからグルデブ クティールで行われるガンガー アラティー、
パーダ プージャを見たり、
後は、
365日24時間絶えることなく唱えられているマントラをバジャン ホールで一緒に口ずさんだりして、
アシュラムで執り行われる儀式にできる限り参加していました。


アーサナは、
マンガラン ヨガ ピート近くのヨガスタジオを教えて頂き、
恐怖心が先に立ち、それまでできなかったシルシアーサナがいつの間にかできるようになり、我ながら驚きを隠せずに、、、
今、思えば、
リシケシの風に吹かれて心身共に軽くなったように感じています。


そして、 
アシュラム内を案内して頂いた時に目にした、
お写真に映る1人のお姿を忘れられずにいます。
肉体を離れられた2代目の総長であるチダナンダジのお写真の隣にもう1枚、同じように掲げられていたのはクリシュナナンダジの遺影。
シバナンダジが肉体を去られてからの次期総長としてご活躍されたチダナンダジの存在は知っていたのですが、
チダナンダジと双璧をなす方がおられたという事実はここに来るまで知る由もなく。
クリシュナナンダジはギャーナヨガの大家であり、
今まで聖典を学ぶ機会を得ずに、
ここへ来てようやく、
知識のヨガの幕開けの兆しとなったのです。



日本に帰国後、あき子さんより かねて伺っていたマキ ユングハイム先生の元を訪ねて、シャンティ ヨガ クラブへ入会。


そちらのご縁で、
2019年の春に2度目の渡印を果たして、
シバナンダアシュラムに宿泊する事が叶いました。


そこでは24時間、ヨガのバイブレーションの中で、
早朝5時のモーニング サットサンガに始まり21時のナイトサット サンガに終わる1日は、
とても神々しく輝きに満ちています。


シャンティメンバーで行くツアーは初めてで、
1年を掛けて学んだ、タットヴァボーダーが功を奏してスワミジ方の講話の理解がより深まった事は言うまでもありません。



メンバーの結束は素晴らしいものがあり、
みんなそれぞれの役割を担い、淡々とこなして行く姿は、正にカルマヨギーそのものです。
宿泊したオーディトリアムのヨガホールで奉納する為のキールタンを練習したのですが、あの素晴らしい高揚感は、 
窓から見下ろすガンガーの景色と相まって忘れる事ができません。
呼吸を合わせて練習に励み、心を一つにして行う工程は各々のエゴを外して、サトビックなバイブレーションを生み出して行く作業でもあり、とても美しくホールに響き渡る歌声は、きっと
神々の心をも揺さぶるほどの純粋なるパワーを秘めていたのだと思えてくるのです。



そして、

この春には、2度目のツアーであり、3回目のアシュラム訪問が叶ったのです。


この溢れる思いは恐らく書き留めることなど決してできそうにもないのですが、ここに記してみます。


相対的にみて、

メンバーとの過ごし方を前回で学んだのと、アシュラムは3回目なので、少しのゆとりを持って過ごす事ができたように感じています。


先ずは英語が全く分からない私はどうするかというと、感覚を研ぎ澄まして、バイブレーションレベルで聞き取るということを肝に銘じてみました。


アシュラム内に一歩足を踏み入れれば、猿の親子、美しく咲き乱れる花々、不思議なオウムのような鳥や孔雀、普段目にすることが決してないような光景に出逢えます。





日常の喧騒を忘れて、
純粋なるモードに一足飛びに切り替えることができるのです。


普段はなかなか座れないのに、
そこでは、磁石のように、身体がぴたりと鎮まり、ずっと座っていられるのです。
聖なるエネルギーが高いとみて、
座りながらにして自然と姿勢が整うのです。
言葉では表しきれない現象がそこへ行くと起こるのです。
自然と私はただそれを見ている存在になれるのです。


今回もまた、多くの仲間の献身的な姿を目の当たりにして、
助けられ、
支え合い、
許し許されしている内に、
短い期間ではありましたが、多くの気付きを頂くことができました。


不思議と心の中が透けて見えて、自分の内側が良く分かるのです。


この感覚を忘れずに、日常に活かせたのなら、
大抵のことは大事に至らず乗り超えられる思うのです。
後は純粋なるものと溶け合う為に、ティティクシャの実践を心掛けて、より広い視点から物事を捉えられるよう、
今生でどこまで行けるのかを見てみたいという気持ちが一層高まるのです。


アシュラムでは、世俗を捨てられたスワミジ方が朝から晩まで火や花や聖水を使って祈りを捧げておられます。


純粋なるものが純粋なる祈りを捧げるということがどれほどのものなのか、
私にはそれがとても素敵にみえて、美しくどこまでも精妙な世界で、
それ以上のことは筆舌に尽くせませんが、
そこに身を置くことで、えも言えぬ幸福感を味わうことができるのです。


シバナンダジの肉体が眠るサマディーホールは、思ったことが瞬時に叶う異次元の空間であり、
それを鑑みてもしかしたらここへは許されたものしか来ることができないのではないかとさえ思えてくるのです。



準備のレベルに応じて受け取るものも違ってくるのだとも思うのですが、
たっぷりとグルデブの愛を細胞の一つ一つに刻み込み、
日常に戻っても、この愛を広げて、もっともっと普遍なるものと溶け合いたいとの思いが更に強まって行くのです。







シバナンダジ著書

「ヨーガとこころの科学」

ヨーガを探求し、世界に新しいメッセージを伝えるのは、瞑想と祈りの生活を送るこれらの人々である。世界を救い、福祉を行うのも、これらの人々である。


クリシュナナンダジ著書 

「ヨーガ、それは宇宙の科学」

ヨーガの境地に入ることは、人類、世界あるいは宇宙全体に対する最大の奉仕なのです。





ヨガとは個人だけのものではなく、
家族、地域、社会、国、世界、宇宙、、、に貢献して、
そして永遠なるものに辿り着く為の壮大な学びである。 


またグルデブのお膝元に辿りつけたときは、
どのように世界が映るのか、


全てはあなたの心の反射である。


こんなメッセージが知性に響きます。


内なる心が静寂でありますように🙏
世界が平和でありますように🙏
あらゆるものたちが至福に満ちてありますように🙏





サット チット アーナンダ
シャンティ シャンティ シャンティ オーム





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